2016年2月に公開された映画「永い言い訳」は、西川美和が原作小説・脚本・監督を一挙に務めました。
人生は他者との関わりの中にあるという、誰しもが立ち止まって考えるべき内容をテーマにしています。
「面白かった~」だけで済ませるにはもったいない、近年の邦画を代表する傑作です。
この記事では、映画「永い言い訳」を作品内の名言を基に、作品に込められたメッセージを考察しています。
インタビュー記事等から監督の意図を把握したうえで、自分なりの考えを重ねて書きました。
映画の余韻にひたりつつ、ご自身の人生に照らし合わせながらお読みいただければ幸いです。
映画「永い言い訳」名言5選
主人公が小説家という設定もあって印象的な言葉がたくさんありました。
その中で5つを厳選し、それらを基に作品のメッセージを考察していきます。
- 白々しい、分かってやってるんだろ?俺に恥をかかす気で。
- 先生は私のことを抱いてるんじゃない。誰のことも抱いたことがないのよ。
- 子育てって免罪符じゃないですか、男にとって。
- 僕はね、夏子が死んだ時、他の女と寝てたんだよ。
- 自分を大事に思ってくれる人を簡単に手放しちゃいけない。見くびったり、貶めちゃいけない。
それでは一つずつ詳しくみていきましょう。
白々しい、分かってやってるんだろ?俺に恥をかかす気で。(幸夫)
映画冒頭、衣笠幸夫(本木雅弘)が妻の夏子(深津絵里)に髪を切ってもらっているシーンでのセリフです。
ギスギスした夫婦の会話をリアルに表現した、印象的なオープニングです。
幸夫のトゲのある卑屈な物言いは嫌な感じで、いつ夏子が激昂しないかハラハラします。
夏子は落ち着いた態度を保ってポジティブな会話にもっていこうとしますが、幸夫は皮肉めいた返答を繰り返します。
更に幸夫は不倫相手からの着信を気にしており、夏子もそれに薄々感づいていました。
しかし、夏子は何も咎めることなく友人とのバス旅行に出かけ、そのまま帰らぬ人となってしまいます。
幸夫は虚勢を張った愚かな自分を妻に見透かされていると感じ、妻に対して感情的なわだかまりを蓄積しています。
嫌味を言う自分への妻の大人な対応も、上に立たれているように捉え、余計に腹立たしくなっているようです。
自信がなく自分を好きになれず、他者の評価を過度に気にする幸夫のキャラクターが浮き彫りになっています。
先生は私のことを抱いてるんじゃない。誰のことも抱いたことがないのよ。(智尋)
不倫相手の智尋(黒木華)から幸夫に対するセリフです。
智尋は幸夫との情事の最中にその妻が事故死したことで罪悪感に苛まれていました。
誰にも相談できない辛さを抱えて幸夫の元にやって来ますが、幸夫はいつものように体の関係を求めました。
智尋は自分にまたがって動く幸夫を見て「馬鹿な顔。」と冷たく言い放ち、立ち去ります。
幸夫は妻の死を悲しむことより、葬儀中に自分の前髪を気にしたり、ネットでエゴサーチをしたりと、自分が他人にどう見られているかばかり気を取られていました。
智尋のこの一言は、自己愛が強く、自分にしか興味がない幸夫の内面を辛辣に表しています。
子育てって免罪符じゃないですか、男にとって。(岸本)
マネージャーの岸本(池松壮亮)が大宮家の子守に入れ込んでいる幸夫に対して言います。
「みんな帳消しにされてく気がしますもん。自分が馬鹿で最低なクズだってこともみんな忘れて。」と続けます。
幸夫はふとした思いつきで夏子の親友の夫・大宮陽一(竹原ピストル)とその子どもたちに会い、自ら進言して大宮家の家事育児を手伝うことにしました。
真平(藤田健心)と灯(白鳥玉季)の面倒を見る幸夫は微笑ましい姿で、作家・津村啓とは別人のようです。
二人にもらったプレゼントについて嬉しそうに話す様子からも、心から可愛がっていることが分かります。
幸夫は子どもたちの世話をするうちに、誰かのために力を尽くすことの喜びに気づき始めていました。
しかしそれは、くだらない自分自身から目を背けるための逃避ではないか?と岸本は投げかけます。
僕はね、夏子が死んだ時、他の女と寝てたんだよ。(幸夫)
灯の誕生日会で幸夫は酔っぱらって陽一や鏑木優子(山田真歩)に突っかかり、バツが悪くなって途中退席します。
後を追いかけてきた陽一に対し幸夫は「君とは全然違うんだよ。」と言い放ち、立ち去りました。
仲睦まじい家庭を築いていた陽一には、自分の気持ちなんて分かるはずがないという思いだったのでしょう。
監督の西川美和はBOOK SHORTSのインタビューにて、作品を書いたきっかけをこのように述べています。
人間同士の関係性は綺麗な形ばかりではなく、後味の悪い別れ方をしたまま相手が帰らぬ人になってしまったという不幸も、あの突然の災厄(東日本大震災)の下には少なからず存在したのではないかと。(中略)それで私は(中略)誰にも言えないような別れ方をした人の話を書いてみようと思ったんです。最初はそれがきっかけでしたね。
BOOK SHORTSホームページ
夏子は何を思っていたのか、本当は子どもがほしかったのか、自分のことを愛していなかったのか。
残された幸夫に知るすべはなく、すべては後の祭りです。
もう取り返すことのできない虚しい幸夫の姿を通して、当たり前にそばにいる人とたくさん話をして心を通わせることの大切さを、この映画は教えてくれています。
自分を大事に思ってくれる人を簡単に手放しちゃいけない。見くびったり、貶めちゃいけない。(幸夫)
交通事故で怪我した陽一を迎えに行く列車内で、幸夫が真平に真摯に語りかけるシーンです。
幸夫は次のように続けます。
「そうしないと僕みたいになる。僕みたいに、愛していいはずの人が誰もいなくなる人生になる。簡単に離れるわけないと思っても、離れる時は一瞬だ。だからちゃんと大事に握ってて、君らは、絶対。」
二人を見送った後の帰路、幸夫は涙を流しながら「人生は他者だ。」と手帳に書きこみます。
幸夫は夏子が自分にとってかけがえのない存在だったことに気づき、その死を悲しむことができました。
しかし、今までの後悔や懺悔を夏子に伝えることは叶いません。
幸夫は夏子への永い言い訳を連ねながら生きていくしかないのです。
映画「永い言い訳」名言を基に考察|まとめ
映画「永い言い訳」の名言を基に、作品に込められたメッセージを考察しました。
自信がなく、人の目を気にして、自己中心的な考えしかできない幸夫が、妻の死や大宮家との出会いを通して、他者との関わりの大切さに気付かされていく過程が描かれていました。
題名の「言い訳」という言葉は、自分勝手で愚かな幸夫のキャラクターにぴったりです。
妻が亡くなった後の行動や大宮家で管を巻くシーンなど、人として最低だなと思う反面、子どもたちと接する素直で生き生きとした姿があり、その一貫性のなさが人間らしい魅力的なキャラクターでした。
幸夫が述べている通り、現実は創作された言葉ほどピュアでもセンチメンタルでもいられないものです。
だからこそ、時には良質な映画や小説に触れ、自分の生き方を見つめ直す時間が必要なのだと思います。
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